よく似た話として

四谷怪談を見ていると

さて、こうした四谷怪談を見ているととあるギリシア神話の一説が筆者の頭によぎった。その物語でも男の身勝手な欲望に翻弄された挙句、最期には何もかも残らず裏切りの魔女とまで罵られるようになってしまった1人の女神の話だ。知っている人は知っている、ギリシア神話に登場する『メディア』という女性の話です。愛憎入り交じる、というよりは一方的に騙されたにも関わらず、それでも献身的に愛する人を支え、子供もいたけれど男は自分の目的遂行を考えるだけしかないあまり、メディアを見限って捨ててしまった。

そんな裏切りを受け、堪えきれるわけもなくメディアのした所業はお岩さんを超えるものとなる。その男の末路も相当悲惨なものですが、メディアという女神の半生は一人の男により狂わされ、1人しかいなかった信じられる人に見限られた彼女の起こした行動にも納得ができるだけの事情があります。

この話はギリシア悲劇とも語られ、古代ギリシア古典の中でも男女の愛憎によってその果てに何もかも壊してしまうというものだ。正直、四谷怪談よりも悲劇と言える。

怖い話で涼しくなりたい方へ

概要として

メディアについては古典を見た方がわかりやすいのでそちらから見ていこう。

コルキスで平和に暮らしていたメディアはある時、アルゴノーツに乗って金羊毛を求めてやってきた英雄イアソンに惹かれて家族の制止を振りきって彼を逃避行します。その後めでたく二人は結ばれましたが、イアソンはアルゴノーツでの功績により失ったはずの王位を取り戻せるはずでしたが策謀によってそれが叶いませんでした。荒れに荒れるイアソンにそれでも懸命に尽くし、子供も生まれて平穏な日々を望んでいたメディアに待っていたのは、愛していたはずの容赦無い裏切りでした。

故郷を失ったイアソンとメディアはコリントスで暮らしていた、そしてイアソンに一つの話が届きます。それはコリントス王のクレオンが自らの娘を彼に嫁がせたいというものだ。この話にイアソンは持てるはずだった自分の国という理想を叶えられるとしてチャンスとし、結婚するという選択肢を選びます。当然そんな話を受け入れられるわけもなメディアを裏切り、縁組を果たしてしまった。クレオン王は邪魔者であるメディアとその子どもたちをコリントスから追放する決定を下す。メディアは咄嗟に一日だけ猶予を貰えるよう掛け合い、その交渉を成立させます。

一日だけの時間を貰ったメディアがしたこと、それはクレオン王とその娘を殺害する決断をする。メディアの謀略により王と王女は殺され、復讐を果たしたメディアだったが怒りに震えるが故、イアソンとの間に出来た子供をも手にかけてしまったのです。イアソンは嘆き悲しみ、それこそ本当の意味ですべてを失ってしまいます。やがてメディアはその場を去り、イアソンは放浪の果てにかつて自身が従えていた英雄船だったアルゴノーツの残骸に下敷きとなって死ぬという哀れな末路を迎えています。

メディアの所業

古典では婚姻を交わしてからのことしか描かれていませんが、イアソンを愛するがあまりにメディアの行動で一つ忘れてはいけない行動があります。それは金羊毛を手に入れたイアソンはメディアを連れてコルキスから去ろうとする。けれどメディアの父でありコルキスを統べる王アイエーテースは娘を連れ戻すために追手を出した。血眼になっての追跡劇、しかしそこにはメディア以外にもう一人いたのです。それは彼女の弟である王子アプシュルトスだ。

幼い弟を連れ出したメディアは父からの追跡を振り切るため、ある狂気に出る。それはまだ幼い肉親である弟を殺害・解体して海にばらまいたのだ。それを目撃したアイエーテースは嘆き、必死に海へと落ちた息子の亡骸を探している内にアルゴノーツはコルキスの追手を振り切ることに成功した、と言われている。

愛する男のためなら弟を殺し、亡骸を解体して父の目の前で海に捨てたのです。愛は人を盲目にするといいますが、彼女の場合はそれが常軌を逸しているとしか思えない。そこまでしたのに、最期に待っていたのがイアソンによる裏切りとあれば、例え自分が産んだ子であっても殺せるのも理解できる。ただこうした行動には全てイアソンの策略が組み込まれていたのです。

呪いによる凶行

そもそもアイエーテースは金羊毛をイアソンに渡すつもりはありませんでした。それを見越してイアソンは王女であるメディアに目をつけたのです。そこで彼が取ったのは女神ヘラを動かして女神アフロディーテの力を使い、メディアを自身の惚れさせるという悪行に手を伸ばしたのだ。元々優れた魔術師であり、女神ヘカテーから師事されていただけあってその力も見据えて、イアソンはメディアを自身の手駒にしたのです。

だからこそメディアは愛するがあまり、我を忘れて弟すら惨殺し、祖国を裏切る形となってしまった。ただその呪いは持続するものではなく効果が切れたとも言われている。もう戻れないところまで来てしまったメディアはイアソンに依存するしかなかった、それなのに彼が取ったのは自身でも制御できかねる悪女を見限るという末路だった。

全てを奪われた王女が、最後は愛していたと思われる男から全てを奪い尽くして悲劇は幕を閉じるという歯切れの悪い物語となっています。

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裏切りの果てに

お岩さんのモデルとなった人は生前、才色兼備を絵に描いたような人柄だったという記述も残されているので、真実は不透明だ。それを思えばギリシア神話の中でも屈指、悪女と呼ばれ、世界でも名高く裏切りの魔女とまで揶揄されているメディアと比較したらその悲惨さは比べ物になりません。惚れた男に捨てられるだけならいいですが、その男に殺人を何件もやらされた挙句、恐れるがあまりに見捨てる決断をしたイアソンに翻弄された彼女ほど悲しい存在もいないでしょう。

現在までにイアソンは『英雄』として語り継がれていますが、ギリシア悲劇を見たあとでは彼を英雄とは思えない、伊右衛門以下のろくでなしという評価しか浮かんでこない。

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